ナビ特徴歴史窯元産地製品
印鑑の販売は以下から

海外への輸出

有田焼 江戸時代、鎖国下の日本からも世界に向けて豊かな日本文化が発信されていました。その代表的な例が有田を中心に輸出用に焼かれた磁器です。日本磁器が初めてヨーロッパに向けて公式に輸出されてから350年の歴史があります。 磁器生産の先進国であった中国では明から清への交替期の1656年に海禁令が出され、磁器の輸出が停止しました。これを背景に日本製の磁器が注目され、1647年には中国商人によって伊万里磁器が輸出され、1650年には初めてオランダ東インド会社が伊万里焼を購入し、ハノイに納めました。1659年より大量に中東やヨーロッパへ輸出されるようになりました。 こうして17世紀後半から18世紀初頭にかけて最盛期を迎えた有田の磁器生産ですが、1684年の展海令などで景徳鎮窯の生産・輸出が再開され軌道に乗るにつれて厳しい価格競争に晒されることとなります。また、江戸幕府が1715年に海舶互市新例を制定し貿易の総量規制を行なった事から、重量・体積の大きい陶磁器は交易品として魅力を失います。最終的には1757年にオランダ東インド会社に対する輸出は停止され、以降は日本国内向けの量産品に生産の主力をおくこととなります。今日の我々が骨董品店などで多く目にするのは、こうした18世紀の生産品であることが多いです。